気谷 誠先生は博覧強記の美術史家にして愛書家、そして西洋古書や版画の大収集家でもありました。
蔵書票についても大変造詣が深く、次代の蔵書票研究を担うべき逸材でしたが、大変残念な事に2008年に五十四歳で早世されました。
気谷先生のブログは有志によって現在もネット上に残されており、故人を偲ぶ為だけでなく、その内容の面白さから今でも訪れる方が多数いらっしゃいます。
その中の蔵書票に関する記事も、木谷先生ならではの膨大な知識に裏打ちされた含蓄のある内容で大変勉強になります。
今日はそんな記事の一部を抜粋してご紹介致します。
ビブリオテカ グラフィカ (2008年5月25日)より引用↓
先ごろ某古書店(東京)の棚を覗いていて、興味深い製本雑誌を見つけた。背のタイトルには仏文で「フランスの蔵書票」とあるが、中身はフランスの雑誌『現代の書物』3冊と、イギリスの雑誌『本の虫』を合冊製本したもの。前者『現代の書物』の記事のなかには、蔵書票に関してオクターヴ・ユザンヌが執筆した「現代の蔵書票」(no.19, 1891.7)や「新しい蔵書票」(no.24, 1891.12)といった文章が含まれている。 ~中略~
なお、この本の裏表紙の見返しには、もう一枚、別の人物の蔵書票が貼られている。こちらは文字だけが刷られた味気ないものだが、その文面が気にかかる。「私(この本)はバーナード・ケーヴの蔵書の一冊であることに御留意ください。この書面を読んだ人は、書棚を空けて私を待っている御主人のもとへ、どうか私を返してあげてください。」とあり、ケーヴ氏の住所(ロンドン)が記されている。なんとも用心深い愛書家もいたものだ。まるで犬の首に下げられた迷子札である。書き込みによればケーヴ氏はこの本を1957年に手に入れたとのこと。氏の蔵書中1282番目の本らしい。すでに数十年以上も前の話だから今となっては無効かと思うものの、後世の所蔵者に一抹の不安を抱かせる文面ではある。もちろんわたしはケーヴ氏と一面識もなく、ましてや書斎を訪れたこともないことを申し添えておく。
気谷誠 著
いやー面白いですね。
文字だけの一見つまらない蔵書票かと思いきや、なんとも洒落てやんすね。
次回そんな文章だけの蔵書票をピックアップします。